ペンギン・ハイウェイ_読書感想文

夏の旅行のお供にぴったりな本は何か。ペンギン・ハイウェイだ!

旅行には本が要る。
敬愛する森見氏のお子は私の旅行をより一層明るく楽しいものにしてくれること間違いなしと信じている。彼の作品群の中で最も夏を感じるものを注文、ペンギンを連れて行くに至った。本作は私の期待以上の働きをしてくれた。チャーミングな登場人物たちと大量のペンギンの癒し効果は、長野の清流にも勝る。
ネタバレ気にせず書くので未読の方はご注意ください。


主人公はコミカルなほど真面目な小学4年生、アオヤマくん。彼はビッグバン・セオリーのシェルドンを彷彿とさせる、非常な賢さと変態性を持っている。いわゆるギークなシェルドンとは異なり、少年の変態性は歯科医院のお姉さんのおっぱいに向く。なぜおっぱいは存在するのか、なぜお姉さんは魅力的なのか。お姉さんの謎は、その美貌だけではない。彼女はペンギンを作れるのだ。真面目なアオヤマ少年は、これらの謎を解明するために「お姉さん研究」なるものを始める。二人の友人、内気なウチダくんとお転婆なハマモトさんと一緒に、不思議な現象が次々に起こる町を探検しながら研究を進めていく。「お姉さん」「草原に浮かぶ海」「町を巡回する川」「世界の果て」。お父さんにアドバイスをもらいながら研究していくと、バラバラだったピースはひとつの真理に吸い寄せられ、少年は残酷な真実を発見してしまう。

読み終わってはじめて気付いたのだが、これは少年の初恋の話である。
本作のメインストーリーは、お姉さんの謎というファンタジーと少年少女のじゃれあいだ。その中に恋愛要素も入ってはいるが、「恋愛」というよりは「気になる」とか「好き!」という感じ。大人びているとはいえ、小学校四年生はまだおこちゃまだ。恋心を「結婚相手はもう決めている」と表現するのが愛らしく、ちょっとふざけているようにも感じる。しかし最後の最後に、本気でお姉さんを好きだった少年の切ない心の内が素直に明かされる。それまで「アオヤマくんかわいい、ペンギンかわいい」というライトな感情だったのが、最後の数行で急に胸を締め付けられ、人間の感情はこんなに急カーブを切れるものなのかというくらい突然に涙が湧いた。アオヤマくんはお姉さんに恋をして、そしてお別れをして、着実にペンギン・ハイウェイをよちよちと進んでいる。

本作では、「研究」という行為の意味深さも、可愛らしい少年の冒険を通してマイルドに表現されている。
研究とは、対象物を論理的に説明できるようにするための活動である。研究の目的は、謎の解明にある。目的を達するために、時には対象物を分解したり、醜いところを見なければならないこともある。謎の正体に対して、「思っていたのと違う」と感じることもあるだろう。
アオヤマくんのお父さんは、「世界には解決しないほうがいい問題もある」「もし息子が取り組んでいるのがそういう問題であったら、息子はたいへん傷つくことになる。」と話す。お父さんは息子の研究を応援しているけれども、親としてはこどもが幸せに生きていくことが何よりの願いであるから、無機質な現実にぶち当たって悲しむようなことはあまりさせたくないのだろう。
謎は、神秘である。神秘には神や霊的なものだけでなく、ペンギンや、人間の存在意義、世界の果て、そして恋も当てはまる。神秘にはロマンがあり、そこに魅力や美を見出すことができる。
一方
研究は、神秘を壊してしまうものである。人間に存在意義なんてものはなくて、遺伝子に組み込まれている本能に従って繁殖する生き物だ。お姉さんの綺麗な顔も、遺伝子が偶然そのように組み合わさって造形されたものでしかない。恋も、おっぱいの魅力も、脳が作り出した幻想だ…
こんな現実は、知らない・直視しない方が幸せに生きていける。
でも、知っていることと信じることは別だということを、アオヤマくんは分かっている。だからお姉さんへの恋心を論理的に説明することは絶対にできなかったし、最後も「大好きだった」「会いたい」という簡潔で素直な言葉を使って想いを吐露している。将来偉い大人になるアオヤマ少年は、もう泣かないし、辛く冷たい現実にも負けないのだ。

 

この作品のチャームポイントは、なんといっても魅力的な登場人物。
森見氏のキャラクター作成センスはばつぐんだ。「夜は短し歩けよ乙女」の黒髪の乙女、「四畳半シリーズ」の小津、「太陽の塔」の飾磨が私のお気に入りキャラクターであるが、ここに今回アオヤマくんを追加することになった。
アオヤマくんの魅力その壱、話し方。これは森見作品に共通することだが、上品な言葉遣いと優しい言葉選びが、読者に安心感と幸福感を与える。日本語の勉強はもちろん、「素敵な人間になるための勉強」にもなっているといつも思う。
アオヤマくんの魅力その弐、怒らないところ。きっとアオヤマくんのお父さんも怒らない人なのだろう。アオヤマくんは、優しいから怒らないのではない。すごく楽観的で寛容というわけでもない。普通は怒るようなことがあっても、彼は自分にとってプラスになることをうまく探し出したり、冷静であるが故の怒らない人であるとわかる。そんな少年らしからぬ、媚びないアオヤマくんが私は好きだ。

 

ペンギン・ハイウェイは、世界の果てに続いているらしい。世界の果ては、すべての限界。それを見るのは悲しいことかもしれないとお父さんは言う。でもみんなでよちよちと歩いていって、最後はみんな同じところでぬくぬくするのだ。お姉さんもそこにいるかもしれない。立派なおじいさんになった少年が、綺麗なままのお姉さんに、いつかちゃんと会えますように。